映画「もったいないキッチン」:フードロスから考える、自分と世界を大事にする食べ方

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捨てられた食品から豚の飼料を生産する工場で試食するニキとダーヴィド。(United People)

 

 

●映画「もったいないキッチン」HP

https://www.mottainai-kitchen.net

 

 

オーストリア人の「食材救出人(フード・アクティビスト)」(!)、ダーヴィドと通訳のニキが、日本各地を旅しながら食べ物、そして自分自身や周りの人との向き合い方について考える、ちょっとほっとして元気になれる美味しいお話。

 

冒頭から、コンビニで出るフードロスの量にびっくり!

日本では毎年約640トンのフードロスが発生しており(農林水産省、2019年)、そのうち日本国内の5万店を上回るコンビニから出されるロスは年間約30トン。

 

「顧客満足」の名の下に巨大なゴミ箱にザクザクと捨てられてゆく大量のおにぎり、パン、お弁当、お惣菜。背景にあるのは、品切れを防ぐための一日2回の大量注文と、常に新鮮さを求めるお客の態度。コンビニで買い物することが多い私は、反省。。。

 

 

「今日食べたものは、明日・明後日には私達の血や肉になります。そのことを考えながら、感謝していただきます。」

 

 

にこやかな僧侶の言葉に、目が覚める思い。目の前の野菜が自分の一部になる、という事実は、よく考えるとすごいことだと思う。小さい頃、田舎のおじいちゃん・おばあちゃんが大事に育ててくれたお米を、大事に噛みしめながら食べたっけ。食べるという行為は、食べ物を作った人との繋がりを思い出させてくれる。

 

福島、大阪、鹿児島。行く先々で捨てられる運命にある食品から美味しくて楽しい取り組みを生み出してゆくシェフ、農家、経営者、アーティスト、お料理研究家、おばあちゃん、虫好き青年、お坊さん。

 

映像を見ながら、その日に捨てられた食材を使って一流シェフが交代でホームレスの人のための無料の食事を作り提供するパリのカフェを思い出した。食べることは、ただ必要な栄養を摂取することではない。自分に与えられた時間をどう過ごすか、人との繋がり、自分との向き合い方、を問い直すことでもある。そして、食べるという行為の前に私達は平等であり、一緒に食べる楽しい時間は全ての人に開かれているべきものだ。自分を見つめ直したくなる、楽しい作品。

モーリシャス:重油流出事故と健康への影響(医学雑誌「ランセット」から)

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事故の直後、オイルフェンスを手作りするモーリシャス市民(AFP/Getty Images)

 

 

インド洋に浮かぶ宝石、モーリシャスの沿岸で日本企業がチャーター・運航する貨物船わかしお号が座礁し、重油が流出した事故から1ヶ月が過ぎた。私はこの数年モーリシャスへの支援に関わって来たが、モーリシャス人の生活の一部、アイデンティティーの一部である島の自然が黒色の重油に汚され、人々の深く傷ついた表情を目の当たりにして、この傷が癒えるまでには相当の時間が必要だろうと感じている。 

 

各国政府と国連機関、そして多くのモーリシャス市民による協力を得て、海上に流れた重油の回収作業が山を超えた今、課題はマングローブを含む生態系や沿岸に住む人々の生活を回復するための中長期的な取り組みに移りつつある。

 

今回の事故が島の希少な生態系に及ぼす影響については多くの専門家が指摘しているが、島に住む人々の心や身体への影響はどうか。現地の情報が限られる中、権威ある医学雑誌『ランセット』が8月29日付で現地からの報告を掲載しているので紹介する。

 

●医学雑誌『ランセット』

「モーリシャスの重油漏れ事故における健康問題への対応についての疑問」(8月29日付)

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0140673620318201

(注:英文です。記事は無料ですが読者登録が必要です。)

 

記事によれば、事故の直後、数千人にのぼる住民が十分な装備も無い中で重油の除去作業に従事した結果、呼吸困難や目の異常、目眩や吐き気などの神経系の異常が複数、地元の病院を通じて報告されている。また、肌や呼吸器、食物連鎖を通じた汚染の取り込みによる長期的な腎臓・肝臓への影響、発がん性への不安が広がっている。また臨床心理士は、人々が怒りや悲しみなどの不快な感情からPTSDに至る様々なレベルでの精神的ダメージ経験している、と指摘している。

 

<参考>

環境省「東京湾内原油流出事故に伴う原油による健康被害について」

http://www.env.go.jp/press/855-print.html 

 

モーリシャス 政府は重油の流出事故とこれらの症状の因果関係を否定し、医療関係者らの強い批判を浴びている。現状としては、健康被害を訴える住民への網羅的な検査や診断は行われておらず、実際の状況は十分に把握されていない。また、人口130万人弱の比較的な小さなモーリシャス国内では医療の専門家の数が限られ、医療設備も整っていないことから、診断や治療の体制に不安の声が出ている。

 

今回の危機で、モーリシャス 政府は初動の遅れを国民に強く非難されることとなり、首相の辞任を求める市民による抗議行動や、漁業大臣と環境大臣に対する訴訟に発展している。また、重油の除去をリードしてきた市民団体は、政府が事故対応についての決定を行うにあたり、NGOの参画を認め透明性を確保するよう強く求めてきている。

 

今回モーリシャス国内で報告されている健康被害は、過去に他国で発生した重油流出事故で報告された内容とも重なる点が多く、拙速な結論は控えるものの、迅速に人々の不安に応える診断と調査が必要だろう。

 

事故が壊したのは、モーリシャスの自然や人々の生活だけではない。モーリシャス人が自らの政府や日本を含む国際社会に抱く信頼自体が天秤にかけられていると感じる。

映画「パブリック 図書館の奇跡」:公共空間が守るべきものは

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(The Public)

 

 

 

大寒波に見舞われた冬の米国オハイオ州シンシナティ(中西部)を舞台に、「公立図書館」と「ホームレス」、という(ある意味で矛盾した)アメリカの代表名詞を巡る騒動を描く。

 

4月の緊急事態宣言以降、路上で生活する人を多く見かけるようになった。日本でも厳寒期におけるホームレスの凍死が珍しくなくなった昨今、公共機関の責任とは何かを考えさせる良作。米国では2009年のリーマン・ショックを経て起きたホームレスの増加と同時に、図書館の利用者が激増した。監督として自ら冴えない図書館員スチュアートを演じたエミリオ・エステベスは、新聞の投書記事を読んで「避難所としての図書館」という着想を得たという。

 

映画の冒頭では、厳寒期ですら貧しい人々に寒さをしのぐ場所を保障しない自治体と、実際に困って助けを求めてくる馴染みの住民たちの板挟みに否応なく引き込まれてゆく、地方公務員としてのスチュアートの日常が垣間見える。困っている人への共感は図書館関係者の仕事を増やし、図書館員のキャリアをも危うくする。何を守るべきか。スチュアートは決して正義感の塊ではない。そこがリアリティーを生んでいる。状況に巻き込まれ、流されながら、弱者の切り捨てを要求する政治家や組織の幹部に不器用にあらがう公務員の苦しい立場について考えさせられる。

 

本が大好きな図書館員たちの不思議な会話を聞きながら、アメリカ留学時代にお世話になった大学の図書館を思い出した。図書館だけはアメリカのシステムが素晴らしいと思う。その場に無い本は、全米中の大学から即座に探し出して無料で届けてくれる。「その本はありません」という答えは無い。どの本を読めば良いか迷ったときは、プロの司書が的確なアドバイスをくれる。遠くから送られて来た本を手にしながら、「この本はアリゾナから送られて来たのか」と嬉しい気持ちで本に押された蔵書印を眺めたものだった。そんな環境があるからこそ、緻密な学びと新しい発想が生まれるのだろう。

 

映画の結末には驚かされた。エステベス監督独特のユーモアのセンスだろうか。男性のホームレスばかりがストーリーの中心になっていたので、女性はいないの?という点は少し気になった(冒頭部分には登場するが、中盤以降は出て来ない)。原題は「公共たるもの(The public)」。この言葉には、もう一つの意味である「民衆」も重ねられている。

緊急事態宣言下の病院で考えたこと

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(Photo: ゆちくん)

 

コロナ禍中での入院

 

まだ首都圏が緊急事態宣言下にあった5月末、とある病気と診断され、6月に急ぎ入院し手術を受けることとなった。新型コロナウイルスの感染が世界中に広がる中、東京都内の病院に入院すること自体に不安を感じたことは否めない。しかし主治医の先生の「早く手術した方が良い」との言葉に従い、気持ちの整理も十分につかぬまま、入り口に大きく「コロナ感染防止のため面会禁止」と書かれた病院の玄関をくぐって入院し、様々な検査の後に人工呼吸器とたくさんのチューブや機械につながれて手術を受け、目覚めたあとは翌日から痛みと共に歩く練習を始め、やがて帰宅の途についた。

 

受診控えによる病気の悪化

 

この数ヶ月、新型コロナウイルスへの感染を心配して病院へ行くことをためらった人は多い。血糖トレンド委員会の調査によると、高血圧や糖尿病、高脂血症などの生活習慣病を持つ患者の2割がコロナ感染を恐れて通院を自粛し、約45%が今後の通院に不安を感じている。私が入院中に出会った患者さんの一人は、3月以降に我慢できないほどの胸の痛みが続いたがコロナ感染が不安で病院を受診できず、病気の発見が遅れ治療が困難になったと語った。コロナ感染への不安や、医療体制が逼迫する中で病院に迷惑をかけるのでは、と心配して患者が受診を控える傾向は欧米を含む海外でも報じられており、特にがんや糖尿病をはじめとする慢性病患者の病態悪化が報告されている。

 

病院は安全か

 

私が入院していた都内の病院には、毎日緊急の患者さんが次から次へと運ばれて来た。病院と長いお付き合いをされて来たベテランの患者さんが多く、私のように診断されたばかりの方は一名を除いては出会わなかった。受診控えによる治療の遅れが患者の健康に与えた影響については、公式統計が発表されていないので具体的な状況を知ることはできない。しかし、PCR検査へのアクセスと各地・各施設での感染状況についての情報公開が限られることが受診の際の不安に繋がっていることを踏まえると、(病院レベルでは院内感染防止のために万全を尽くしているとしても)行政の立場から改善すべき点は多い。

 

日本国内の感染状況についても、もっときめ細かく病院や介護施設など特に感染の影響を受けやすい施設、留置場や刑務所などの密が発生しやすい施設の感染状況を定期的に把握して、高い感染率となった場合は公表すべきだろう。受診や入院の際のコロナ感染の有無に関する確認は検温や自己申告が中心で、私自身「もし自分が感染していたら先生方や他の患者さんに迷惑をかけるかもしれない」と考えて心配になった(結果的には問題なかったが)。

欧米では医療統計を管轄する公的機関が地域別の感染率を発表し、貧しい層がコロナ感染の影響を大きく受ける傾向を指摘している。保健所の逼迫が指摘される中、きちんと統計を取って分析・公表する体制についても強化が求められている。

 

PCR検査と情報公開で、必要な時に受診できる体制づくりを

 

7月、気がつくと新型コロナウイルス感染症対策専門家会議は解散され、新型コロナウイルス感染症対策分科会が設置されている。感染症対策の基本は、検査で感染を把握し的確な対策を取ることに尽きる。様々な病気と共存しながら暮らす慢性病患者が安心して病院に行けるよう、公衆衛生の専門家は責任を持って発言してほしい。的確な判断と細やかな配慮でこの難局を鮮やかにさばいてくださった医師と看護師の皆さま、支えてくれた周囲の人に心から感謝しつつ、必要な時に必要な手術を受けることができて本当に良かったと感じている。

 

<参考>

血糖トレンド委員会「新型コロナウイルスがもたらした健康への気になる影響」2020年6月19日https://kettotrend.com/pressrelease/pdf/Ketto-Trend-Survey-Corona.pdf 

政府をペンで検証する: 米国ジャーナリスト、I. F. ストーンの言葉

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(米国議会をシャベル(記事)で掘り返すI. F. ストーン記者 David Levine, 1968)

 

 

 

●動画「アメリカの急進派 I. F. ストーンの生涯とその時代」by Democracy Now 

(前半)

http://democracynow.jp/video/20090618-1

(後半)

http://democracynow.jp/video/20090618-2

 

 

「政府はメディアを全て握っている。それなのに、なぜあんなに必死になって多少の反対意見や議論が公的な場でなされるのを心配するんだ?そんなに自信が無いのか?政府は会議に反対意見を述べる人間を一切招かない。政府を批判する人間も招かない。批判的なメディアには、個別のメディア・ブリーフィングへの出席すら許さない。困惑するような質問をされるのが怖いからだ。我が国の政府とモスクワにある(ソ連の)政府機関の雰囲気は同じものだ。これが、私たちが(モスクワではなく)自らの国で対峙しなければならない現実だ。」

(1964年、I. F. ストーンがカリフォルニア大学バークレー校の学生に対し行ったスピーチの抜粋。要約・仮訳。出典:Democracy Now)

 

 

政府の公式文書を綿密に分析し、ベトナム戦争は(ソ連や中国ではなく)米国政府自らが仕掛けた戦争であることを見出し、米国の歴史を変えた米国のジャーナリスト、I. F. ストーン(1907-1989)。国民健康保険の必要性をTVの討論会で主張したストーンは、医療費の抑制を望まない医療業界の有力者の怒りを買い、「共産主義者」の烙印と共にジャーナリズム 業界からの締め出された結果、1950年以降は公式記者会見への参加資格さえも持たない独立記者としての人生を歩んだ。

 

ストーンが職を失った背景には、1950年代当時ジョゼフ・マッカーシー上院議員を中心に、意に沿わない左派の政治家、ジャーナリスト、メディア関係者等に「共産主義」の烙印を押し、人格攻撃や性的スキャンダルを用いて政治的に葬り去るマッカーシズムの台頭があった。

 

記者会見には出席しないものの、政府の公式文書を丹念に調べ上げ、自家製新聞「週刊I. F. ストーン」(一時は購読者数7万部を数え、マリリン・モンローやアインシュタインも愛読)を通じてアメリカ市民に「世界の中のアメリカ」という視点から事実を伝え、政策議論のきっかけを提供し続けたストーンのスタイルは、今も米国内外のジャーナリズム に大きな影響を与えている。

 

独立系メディア「Democracy Now」がおよそ10年前に作成した2本の動画の前半は、ストーンの生涯、後半はストーンが行った分析や発言を中心にまとめられており、何と言ってもストーンの肉声が聞ける後半の特に終盤部分が面白い。1960年代にストーンがカリフォルニア大学の学生たち(写真)に依頼されて行ったスピーチの中で触れられている、ベトナム戦争、ジャーナリズム による政府への検証と公の場での議論の重要性についての主張は、今の世界や日本のあり方を考える上でも有用だ。しかし日本でI. F. ストーンのような記者が分析力を発揮するためには、まず公的文書の保存と公開の体制を整えなければならないだろう。原文英語、日本語の字幕付き。

 

(1964年、「言論の自由」の旗を掲げて行進するカリフォルニア大学バークレー校の学生達。I. F. ストーンのスピーチは、米国の若者達によるベトナム戦争反対運動の旗揚げと米国の歴史に影響を与えた。)