香港の行くえ

香港はどこへ行くのか。

6月の町を103万人の人が埋め尽くしたあの日から、私たちは恐れを持って答えを探している。

 

 

●動画 「香港デモ、100日を100秒で振り返る」(BBC)

(※暴力的シーンあり)

 

 

「香港、どうなっちゃうんだろう」

同窓会の後、コーヒーやビールを片手に、私たちは遠くて近い隣国で起きている出来事への不安を語り合う。

 

中国への敵対心は無い。ただ、大好きな香港が失われてゆくのが悲しい。そしてライブカメラから溢れ出すおびただしい数の暴力を止められないことが、もどかしい。私たちにとって、中国や香港はいつも近くにあった。Yは大学時代を北京で過ごし、Mの夫は中国の地方都市で働いている。香港LoverだったSは、最近しばらく足を踏み入れていない。Hは北京と香港を、私は上海と香港を訪れた思い出がある。

 

香港と接する中国の町、深圳(しんせん)に控える大量の大型戦車と人民軍の画像を携帯で私たちに見せながら、Yが言う。「どう考えても、中国が勝つよね」

 

今の状況は、香港警察が振るう暴力の深刻さとは裏腹に、少しでも異なる意見を認めない中国の統治政策の失敗を証明している。「異なる意見を認めれば、国が崩壊する」という主張は、同じく広大な国土と多様な言語・文化圏を抱えるインド、ナイジェリアなどの国々が連邦制を敷き、(様々な課題を抱えつつも)前進して来たことを考えれば、根拠を失っている。

 

むしろ、東西5千kmにも及ぶ広い国土に住む14億人が、北京時間に合わせて暮らし続ける時代は、いつまで可能なのだろう。減速する中国経済と今後の将来を考えれば、世界の金融センターである香港から流入する投資や、ジョシュア・ウォン(黄之鋒)のようなリーダーシップを持った若者たちのイニシアチブを生かし、新しい統治モデルを作り出すことが求められているのではないだろうか。歴史を共に歩んで来た隣人として、日本に住む私たちには、衝突を仲裁し対話を促す役割が求められている。双方の主張がどんなにかけ離れていたとしても。

 

 

もう一つ重要な点は、香港警察の過剰な暴力が、「市民的不服従(Civil Disobedience)」で民主的な香港を守ろうとして来た人々を、暴力を認めるか否かという点で分裂させつつあることだ。武器を持たない若者を至近距離から実弾で撃つ警官を前に、人々は戦略変更を余儀なくされている。

 

(Tyrone Sieu/Reuters)

 

言うまでもなく、暴力は非難されるべきものだ。しかし今の香港の状況は、私に過去の南アフリカを想起させる。1961年、南アフリカで白人政権による人種隔離政策への抵抗運動を展開していたネルソン・マンデラ(後の南アフリカ大統領)らは、武器が無ければイスラエルの最新兵器で武装した白人政権に到底立ち向かえない、と判断し、それまでの非暴力運動を捨てて武力を認める方針に転換した。しかしあの時代がなければ、人々に犬をけしかけた当時の南アフリカ政府が、黒人と白人が共存する現在の政治体制へと転換を成し遂げられたか、私には分からない。

(11/23 編集)

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