パキスタン北西辺境州への回想

今週、アフガニスタンで活動していた「ペシャワール会」の中村哲さん死亡の悲報に接し、2004年以降何度か訪れた、パキスタン北西辺境州のスワット渓谷を思い出した。スワットは、中村さんが活動していたアフガニスタン地域と国境を接したパキスタン側にあたる。パキスタン北部にあるアフガニスタンとの国境に接した山深い地域で、当時はタリバーンの進攻がすぐそこまで迫っていた(2007年に侵攻)。

 

Abdur Rehman 1982 / Earthrise

 

政府の支配が十分に及ばないこの地域は、世界でも数少ないポリオ(感染性小児麻痺)の発生地域であり、西側先進国がもたらした予防接種への不信感や、母親が男性後見人の同伴無く子どもを病院に連れて行くことが困難な社会環境が絡み合って、問題解決を困難にさせていた。私は、この地域にポリオの予防接種を根付かせるための新たなプロジェクトを立ち上げるために、日本の医師らとともに現場へ向かったのだった。現地でも日本関係者の中でも、常に唯一の女性団員だった。

 

崖っぷちの曲がりくねった道を車で何時間も走りながら、緑の木々の間から遠く町が見えた。

「タリバーンの影響はどうですか」

 

現場視察の合間、お茶を飲みながら州政府関係者と談笑していた折、無知な訪問者の質問に州の代表者がいたずらっぽく応えた。

 

「私たちは皆、タリバーン(1970年代以降にアフガニスタンに侵攻したソ連軍に対し立ち上がった「神学生」)だからね」

 

それを聞いた皆が和やかに笑う。タリバーン(神学生)達は1970年代以降、アフガニスタンへと侵攻したソ連軍と戦い、2001年9月11日に米国ニューヨークで起きた爆破事件以降は、新たに侵攻した米軍と対峙して来た。外国軍から自らの土地を守るため立ち上がった若者達の心意気に、現在のタリバーンへの思いとはまた別に、共感する人は多い。こうした中で、中村さんが2001年、国会のテロ対策委員会で、人道支援を理由とする自衛隊派遣に反対を証言したのは、ごく自然な流れだっただろう。

 

●中村医師による国会での発言

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/170/0059/17011050059004a.html 

 

(現場での日本イメージの悪化と援助関係者の安全への懸念、自衛隊に援助の仕事ができるのかという疑問、の2点が主に語られている)

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