クリスマス、南仏の教会で

JUGEMテーマ:旅行

 

12月25日のクリスマスの朝、南仏の港町マルセイユの丘の上にある教会で礼拝に参列した。黒人の修道女がマイクで式の始まりを告げる。クリスマスの礼拝は、キリストが生まれた聖なる日を祝う重要な行事だ。13世紀に建設が始まったこの教会の内部には、紀元前ギリシャ人の時代から地中海の交易を担った港町らしく、航海の安全を祈願する船のモチーフが多く吊るされている。横縞の入った柱は、イスラムの影響を強く受けた地中海様式のものだ。夏目漱石は19世紀の末、留学先のロンドンへ向かう途中、この町で船を降りている。

 

(Notrehistoireavecmarie.com, Wikipedia)

 

教会の入り口から3人の司祭が入場する。うち2人はヨーロッパ系、1人はアフリカ系だ。警備を担うベトナム系男性が、参列者の流れを制御する。地中海の大都市マルセイユは、ギリシア人やローマ人がこの地を踏んだ古代から、様々な人が行き交う貿易港であり続けて来た。また近年19世紀以降は、イタリア、アルメニア、アルジェリア(北部アフリカ)、コモロ(南部アフリカの島嶼国)など様々な国と地域から多くの移民を受け入れて来た。マルセイユ人の心の拠り所であるこの教会は、その多様性と海に向かって開かれた町のあり方を象徴している。

 

「皆さん」司祭がマイクを握り語り始める。「昨夜、私は1人の若きキリスト教者の洗礼に立ち会いました。それから定住先を持たない人々、孤独な人々と夕食を共にしたのち、ここへ来ました。」静かな拍手が沸き起こり、教会中がやわらかな感情に包まれる。「皆様の中にも、隣人への兄弟愛が常にあり続けますように。」

 

司祭の声を聞きながら、私はスイスの町ジュネーブへ移り住んだある年のクリスマスのことを思い出していた。クリスマスが近づいたある日、私はジュネーブ市からクリスマスの夕食会への招待状を受け取った。そして同じく招待状を受け取った南アフリカやパレスチナの友人たちと共に出かけたのだった。それは前菜に始まりデザートで終わる正式のディナーだった。開会の口火を切ったのはジュネーブ市長(もしくは代理の副市長)だった。移民排斥の流れがヨーロッパでも目立ち始めていた頃だったが、忙しい市長がこの場に同席し私たちと夕食を共にし、新たに外国からやって来た私たちを「市として喜びを以って迎えたい」と述べるのを、当時の私は驚きをもって聞いた。そして当時は気がつかなかったが、身寄りの無い1人暮らしの老人やホームレスの人々も、市長や私たちと共にごく自然な形でテーブルについていたのである。

 

マルセイユにもジュネーブにも、差別や貧困がある。二つともキリスト教の影響を大きく受けた町であり、兄弟愛の精神はその一部をなすものだ。しかしその根底には、宗教を超えて私たちの心を動かす共通の価値観がある。それは哀れみから来る施しではなく、お金や地位を持たない隣人が1人にならないよう、相手の尊厳を守りつつごく普通の態度で接する礼儀と気遣いを重んじる態度から来ている。そんな気遣いに守られて来た1人として、その価値をお返ししてゆきたいと思う。

(2020.1.2 編集)

1