モーリシャス:重油流出事故と健康への影響(医学雑誌「ランセット」から)

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事故の直後、オイルフェンスを手作りするモーリシャス市民(AFP/Getty Images)

 

 

インド洋に浮かぶ宝石、モーリシャスの沿岸で日本企業がチャーター・運航する貨物船わかしお号が座礁し、重油が流出した事故から1ヶ月が過ぎた。私はこの数年モーリシャスへの支援に関わって来たが、モーリシャス人の生活の一部、アイデンティティーの一部である島の自然が黒色の重油に汚され、人々の深く傷ついた表情を目の当たりにして、この傷が癒えるまでには相当の時間が必要だろうと感じている。 

 

各国政府と国連機関、そして多くのモーリシャス市民による協力を得て、海上に流れた重油の回収作業が山を超えた今、課題はマングローブを含む生態系や沿岸に住む人々の生活を回復するための中長期的な取り組みに移りつつある。

 

今回の事故が島の希少な生態系に及ぼす影響については多くの専門家が指摘しているが、島に住む人々の心や身体への影響はどうか。現地の情報が限られる中、権威ある医学雑誌『ランセット』が8月29日付で現地からの報告を掲載しているので紹介する。

 

●医学雑誌『ランセット』

「モーリシャスの重油漏れ事故における健康問題への対応についての疑問」(8月29日付)

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0140673620318201

(注:英文です。記事は無料ですが読者登録が必要です。)

 

記事によれば、事故の直後、数千人にのぼる住民が十分な装備も無い中で重油の除去作業に従事した結果、呼吸困難や目の異常、目眩や吐き気などの神経系の異常が複数、地元の病院を通じて報告されている。また、肌や呼吸器、食物連鎖を通じた汚染の取り込みによる長期的な腎臓・肝臓への影響、発がん性への不安が広がっている。また臨床心理士は、人々が怒りや悲しみなどの不快な感情からPTSDに至る様々なレベルでの精神的ダメージ経験している、と指摘している。

 

<参考>

環境省「東京湾内原油流出事故に伴う原油による健康被害について」

http://www.env.go.jp/press/855-print.html 

 

モーリシャス 政府は重油の流出事故とこれらの症状の因果関係を否定し、医療関係者らの強い批判を浴びている。現状としては、健康被害を訴える住民への網羅的な検査や診断は行われておらず、実際の状況は十分に把握されていない。また、人口130万人弱の比較的な小さなモーリシャス国内では医療の専門家の数が限られ、医療設備も整っていないことから、診断や治療の体制に不安の声が出ている。

 

今回の危機で、モーリシャス 政府は初動の遅れを国民に強く非難されることとなり、首相の辞任を求める市民による抗議行動や、漁業大臣と環境大臣に対する訴訟に発展している。また、重油の除去をリードしてきた市民団体は、政府が事故対応についての決定を行うにあたり、NGOの参画を認め透明性を確保するよう強く求めてきている。

 

今回モーリシャス国内で報告されている健康被害は、過去に他国で発生した重油流出事故で報告された内容とも重なる点が多く、拙速な結論は控えるものの、迅速に人々の不安に応える診断と調査が必要だろう。

 

事故が壊したのは、モーリシャスの自然や人々の生活だけではない。モーリシャス人が自らの政府や日本を含む国際社会に抱く信頼自体が天秤にかけられていると感じる。