政府をペンで検証する: 米国ジャーナリスト、I. F. ストーンの言葉

JUGEMテーマ:マスコミ・報道

 

(米国議会をシャベル(記事)で掘り返すI. F. ストーン記者 David Levine, 1968)

 

 

 

●動画「アメリカの急進派 I. F. ストーンの生涯とその時代」by Democracy Now 

(前半)

http://democracynow.jp/video/20090618-1

(後半)

http://democracynow.jp/video/20090618-2

 

 

「政府はメディアを全て握っている。それなのに、なぜあんなに必死になって多少の反対意見や議論が公的な場でなされるのを心配するんだ?そんなに自信が無いのか?政府は会議に反対意見を述べる人間を一切招かない。政府を批判する人間も招かない。批判的なメディアには、個別のメディア・ブリーフィングへの出席すら許さない。困惑するような質問をされるのが怖いからだ。我が国の政府とモスクワにある(ソ連の)政府機関の雰囲気は同じものだ。これが、私たちが(モスクワではなく)自らの国で対峙しなければならない現実だ。」

(1964年、I. F. ストーンがカリフォルニア大学バークレー校の学生に対し行ったスピーチの抜粋。要約・仮訳。出典:Democracy Now)

 

 

政府の公式文書を綿密に分析し、ベトナム戦争は(ソ連や中国ではなく)米国政府自らが仕掛けた戦争であることを見出し、米国の歴史を変えた米国のジャーナリスト、I. F. ストーン(1907-1989)。国民健康保険の必要性をTVの討論会で主張したストーンは、医療費の抑制を望まない医療業界の有力者の怒りを買い、「共産主義者」の烙印と共にジャーナリズム 業界からの締め出された結果、1950年以降は公式記者会見への参加資格さえも持たない独立記者としての人生を歩んだ。

 

ストーンが職を失った背景には、1950年代当時ジョゼフ・マッカーシー上院議員を中心に、意に沿わない左派の政治家、ジャーナリスト、メディア関係者等に「共産主義」の烙印を押し、人格攻撃や性的スキャンダルを用いて政治的に葬り去るマッカーシズムの台頭があった。

 

記者会見には出席しないものの、政府の公式文書を丹念に調べ上げ、自家製新聞「週刊I. F. ストーン」(一時は購読者数7万部を数え、マリリン・モンローやアインシュタインも愛読)を通じてアメリカ市民に「世界の中のアメリカ」という視点から事実を伝え、政策議論のきっかけを提供し続けたストーンのスタイルは、今も米国内外のジャーナリズム に大きな影響を与えている。

 

独立系メディア「Democracy Now」がおよそ10年前に作成した2本の動画の前半は、ストーンの生涯、後半はストーンが行った分析や発言を中心にまとめられており、何と言ってもストーンの肉声が聞ける後半の特に終盤部分が面白い。1960年代にストーンがカリフォルニア大学の学生たち(写真)に依頼されて行ったスピーチの中で触れられている、ベトナム戦争、ジャーナリズム による政府への検証と公の場での議論の重要性についての主張は、今の世界や日本のあり方を考える上でも有用だ。しかし日本でI. F. ストーンのような記者が分析力を発揮するためには、まず公的文書の保存と公開の体制を整えなければならないだろう。原文英語、日本語の字幕付き。

 

(1964年、「言論の自由」の旗を掲げて行進するカリフォルニア大学バークレー校の学生達。I. F. ストーンのスピーチは、米国の若者達によるベトナム戦争反対運動の旗揚げと米国の歴史に影響を与えた。)